都道府県 大阪府
助成額 1,880,000円
活動開始日 2025/1/1
活動終了日 2025/3/31
助成金で行った活動の概要
1月から3月まで、隔週末、石川県珠洲市の子どもと子ども世帯に、現地コーディネーターやボランティアらと連携しながら、ホット―ミール(温かい食事)を「子ども食堂」などで届け、また食料を中心とした物資配布、おしゃべり会などをきっかけにした「相談サポート」を行った。またそれらの活動と並行して子どもが自分たちで好きに過ごせる「子どもの遊びの場」づくりを行った。
当初、大阪で調理して弁当を送る予定であったが、豪雪中にも使える食材を蓄えておきたいとの要望がありパントリー型に重点を置き、子どもがいる家庭が使いやすい配布食料をコーディネーターらと緊密に連絡をとり地域の実情にあった運営を心掛けた。
中心となるホットミール(温かい食事=子ども食堂、子ども世帯向けの食料を中心とした物資配布)においては、珠洲市三崎町公民館を中心に、さだまるビレッジ、高屋地区、蛸島地区などにも現地関係者を通じて呼びかけた。メニューは子どもが食べたいもの、子どもと親の会話が弾むものを工夫した。また食べにくる、取りに来る、配達するさいに困りごとをヒアリングし、必要に応じて相談サポートを行った。またLINEでの連絡にも随時対応した。
1月には「餅つき」、2月には手作りケーキの「お茶会」、3月には地域の方の提案した「味噌づくり」など、毎月、地域の子どもや保護者らの気持ちが明るくなるようなイベント性のある活動を行った。またその中で、相談未満のさまざまなおしゃべりが気軽にできるようにした。
並行して少人数のオンライン報告会をはじめとする支援活動報告、関係者ミーティングを行い、能登半島地震被災地と、大阪のさまざまなステークホルダーとつなげる導線を心掛け、4月以降に支援活動が撤退するのではなく、地域の方々中心の活動を私たちがサポートするという体制にしていけるように関係構築を行った。
活動日数 32日
支援対象者実人数 120人
支援対象者延べ人数 900人
参加ボランティア実人数 5人
参加ボランティア延べ人数 40人
本助成金による活動の成果
能登半島地震から1年後の1~3月も食を通じて子ども世帯を中心とした支援を行った。特に1~2月は珠洲市にボランティアなど外部の方がほぼいなくなり現地の方の心配が増す中、地域の方たちのニーズに寄り添う活動をした。
1/3~5は三崎公民館で子ども食堂。地域の方提供の餅米で餅つきをした。お餅を子どもたちや保護者らと丸め、好きなものをつけ、けんちん汁も食べてもらった。来られなかった家族の分も持ち帰ってもらった。合間に子たちが思いっきり走り回り、ボール投げをするなど身体を使ってうれしそうに遊んでいた。保護者から「仮設住宅は狭く運動させてくれてうれしい」との声。そんな中みなさん、やはりお正月は特別ない想いで過ごされたこともお話しくださった。
2/1~3は、高屋地区の集会所と三崎公民館で活動を行った。高屋地区からのリクエストの野菜やお肉、果物、和菓子、おでんの具材などをお届けした。地元の方がテキパキと仕分けしてくれた。ドリップコーヒーとバレンタインチョコレートも提供。三崎公民館では家に引きこもりがちな子どもたちが集まり汗だくで走り回り、リクエストのパフェ作りも行う。保護者にはコーヒーやお菓子を用意しゆっくり過ごしてもらう。高屋地区の方から大雪前に食糧を届けてもらって助かった、三崎地区の保護者の方からも子どもたちが走り回れてよかったとの声が届いた。
2/28~3/3は、 三崎公民館で子どもたちは鬼ごっこやボール遊び、保護者は和室で手作りのケーキやスコーンでお茶会をし、子どもたちも一緒に味噌づくり。毎年味噌を作って来た方も仮設住宅は狭く「あきらめようと思っていたけど、みなで作れて楽しかった」との声。子ども食堂のメニューはボルシチとオーロラソースサラダ、地元の手作りパン。見た目の楽しさもあり、子どもたちはおかわりをしてくれ、まだ話しもできない小さい子もたくさん食べてくれた。お子さんが多いお母さんは仕事が終わってスーパーに行っても売り切れで買えずとお困りの中フードパントリーを喜んでいた。
3/14~17はフードパントリー、お茶会、プレーパーク。子どもたちは三崎公民館の講堂で汗だくで走り回り疲れたらカルタや人生ゲーム、折り紙などしたり、おやつを食べたり、合間には、別に行われるイベントに参加し、また戻って来て遊んだりと自由に過ごした。保護者も子どもたちを見守った。
事業を実施する中で見えてきた課題と今後の取り組み
被災地の子ども世帯の保護者の方たちは、復旧や復興などの手続きなどを優先せねばならない中、子どもが子どもらしく、身体を動かしたり、気ままに遊んだり、知らなかった食べ物を食べてみたりなど、この年代だからこその経験をして過ごせるような生活を願っている。それぞれに小まめに動いておられるが、それを継続的に実施する場づくりにするための余力があるわけではない。その状況において、私たちのような、子どもの専門家として、親子まるごと支援を行ってきた団体が継続的に活動基盤づくりとして、子ども食堂やパントリー、居場所などを作る必要がある。外部から行くからこそ、ぽろっと本音を話してくださることもあると思う場面もあった。被災地は以前から少子高齢化により子ども世帯が多くはないように見られてきた。だからといって子ども世帯がいないわけではない。子ども世帯を大切にする支援が、大きな支援ではなく、顔が見え、声をかけやすい小さな単位での活動が継続的に行われることは、子ども世帯が地域に暮らすことの支えになるだろう。また居場所のおしゃべりの際に保護者の方々に「珠洲で暮らしている理由」を尋ねたところ、複数の方が「仕事があるから」との答えであった。仕事は常勤に限らないパートも含まれていた。つまりなんらかの仕事があれば、この地域に住む理由になるということを実感した。小さな私たちの団体だけでは力不足だが、能登半島地震の支援に協力したい在関西の運営基盤がしっかりした団体もある。今後は、そのような団体とも連携をとることで、私たちの小さな支援をより生かされる体制で、地域の方々の本音のニーズを聞きながら、あきらめずに、子ども世帯の支援活動を継続したい。
助成決定した活動を報告したSNSやホームページのURL
https://cpao0524.org/
https://www.facebook.com/cpao0524
寄付してくれた人へのメッセージ
このたび助成をいただいたことで、冬季の支援活動を継続することができました。いつもまずは子どもたちやその保護者らが居心地よく過ごせることを優先して小さなことにも耳を傾けながら活動しています。
被災地は復旧の歩みがある一方、解体された跡地に広がる空き地を見ると寂しさも募ります。新年度に合わせて転居される方々や、転校する子ども、新入生のいない学校、災害対策本部の解散、そしてNPOなど民間支援の撤収と、少しずつ人が少なくなっていく現実に、不安がぬぐえない状況があります。
1年数か月ぶりに家に入ったという方もいて、泥にまみれた家財道具を前に「封印していたパンドラの箱が開いたようだ」と語られた姿には、喜びでなく、心の負担がにじんでいるようでした。
そのような中、珠洲市の若い方やお母さんたちは、自立した暮らしを目指して動き始めています。
どうぞ、能登半島地震の被災地のこと、そこに暮らす人々、そこに生きる子どもたちのことを、これからも忘れずにいてほしいです。