都道府県 宮城県
助成額 3,000,000円
活動開始日 2024/4/1
活動終了日 2024/6/30
助成金で行った活動の概要
令和6年1月1日に発生した石川県能登地方を震源とする震度7の地震が発生。能登半島を中心に家屋の倒壊や津波被害が発生。多くの住民が被災し立地的に支援がしにくい環境下のもと、様々な支援のあり方が求められるが、過去の災害と比較しても支援の厚みは決して足りているとは言い難い。
要因としては、能登半島の地形と断水ライフライン欠落が大きい。
第2回中長期助成では1月-3月に食料品や支援物資の配給を主に行い、「生きる」から「暮らす」への下支えの活動を他団体と連携し行なった。
電波や電力は復旧したが断水の影響が長期的に予測されている。水道の本幹が復旧しても尚、宅地内の配管などは業者の数が足りず、通水まで至っていない家屋も多い。自宅のある奥能登へ戻りたいが戻れず気軽に見に行ける距離でもない。半壊判定以下の被災者はみなし仮設や仮設住宅の応募の権利すらなく、加賀、小松、金沢には今も多くの二次避難者が先行きの見えない避難生活を余儀なくされている。二次避難者の多くは高齢者で車も免許もなく、公共交通機関も乏しく金沢まで出るのも容易ではない。公共呼応ツウ期間を使い奥能登までたどり着くには費用もかかり、時間も1日では足りない。
家屋の復旧、解体の立ち会い、仮設住宅の鍵の受け渡し、行政の手続き、仕事、罹災証明の発行など被災された方々が生活再建を達成するために送迎支援が求められていること気づいた。そこで第3回中長期助成では4月-6月に二次避難者やみなし仮設の方を対象に奥能登まで無料送迎支援を開始。
活動日数 91日
支援対象者実人数 181人
支援対象者延べ人数 275人
参加ボランティア実人数 42人
参加ボランティア延べ人数 154人
本助成金による活動の成果
被災した方の生活を支えるだけではなく、自宅への帰還、仮設住宅のカギの受け渡し、家屋の片付け、ボラセンや家屋解体の立ち会い、行政手続きや乗車中の生活相談など一歩前に踏み出し「暮らす」から「戻る」をキーワードとして支援を展開。4/17-6/30の75日間で187件271人の送迎。
事業開始直後は車両1台とドライバー1名で開始した事業であったが、社協や行政の広報協力もあり情報拡散がうまくいった。
利用者の活用事例として想定していた内容以外では、親の危篤、お祭りの準備、台湾からの義援金受取、漁業、生業、病院への通院など様々な事情があった。
活動自体は至ってシンプルなのだが、ニーズは量も重さ関しても、非常に高く感じる。長時間運転する中で何度も感謝の言葉をかけられ、「神様」とまで言われてしまうほどで、支援者冥利に尽きる。
社内での会話もとても重要になっていて、利用者同士での情報交換は勿論、我々ドライバーも様々な地域の情報を得る事が出来る。もちろん、行政やボランティアの支援の話などを広く聞くことで、他の利用者へ我々が伝える事例も多々あった。後半は車内が送迎を行いながらの相談窓口と化していた。定員の関係上予約が殺到しており3割程の方にはお断りしていたが、5月上旬に1台増車。5月中旬にも更に1台増車して3台体制で運行
6月中旬にはドライバーメンバーも安定して事業がうまく走り始めた。
利用者からは「いつまで続けてくれるのか?」この質問が一番多いが、8月末には仮設住宅が完成予定となるため、この事業の需要はピークを迎えようとしている。豪雪地帯である為、積雪での運転は容易ではないことから、石川県へ被災者へ向けた公共交通機関の交通費助成事業などを提言している。積雪の始まる11月末頃には支援の出口を見つけ出したい。
事業を実施する中で見えてきた課題と今後の取り組み
毎日のように400km近い距離を運転するわけだが、正直、このままではドライバーが疲弊してしまう。今後は珠洲ルートと輪島ルートを分けて対応することが急務。また、加賀や小松方面からの依頼も多く、本拠地を置く金沢市内からは往復で90分を要する為、往路と復路を合わせると180分多く運転する日も出てくる。そこで、ボランティアドライバーを募り、加賀方面から金沢市内への中継便を設けた。個々の充実を今後は図っていきたい。利用者からは「いつまで続けてくれるのか?」この質問が一番多いが、8月末には仮設住宅が完成予定となるため、この事業の需要はピークを迎えようとしている。豪雪地帯である為、積雪での運転は容易ではないことから、石川県へ被災者へ向けた公共交通機関の交通費助成事業などを提言している。積雪の始まる11月末頃には支援の出口を見つけ出したい。
助成決定した活動を報告したSNSやホームページのURL
https://www.facebook.com/BIGUPishinomaki
寄付してくれた人へのメッセージ
東日本最大の被災地である石巻市の団体として今の石巻があるのは日本、世界の各地の方々のおかげだと思っています。我々の足が能登半島に向くのは当然のことで、我々の背中には被災して復興を成し遂げた石巻市民の方々の思いも載せて走っています。石巻の皆さんと、ボラサポへご寄付頂いたみなさんのお気持ちに応えられるように質の高い支援を目指して活動に邁進してまいります。