焼きたての「タイ焼き」を真ん中にお茶を飲みながらおしゃべりしようよ。

団体名 特定非営利活動法人ざま災害ボランティアネットワーク

都道府県 神奈川県

助成額 410,000円

活動開始日 2024/6/14

活動終了日 2024/6/18

助成金で行った活動の概要
令和6年1月1日に発災した石川県能登半島地震については、発災から約1か月半後、当会会員を1名先遣隊として珠洲市社会福祉協議会に向けて災害救援ボランティアセンター開設用の支援物資をもって派遣して支援項目の状況調査を行った。
当時の、状況から直ちに炊き出しなどの支援に入ることはむしろ現地に無用な負担をかけるのではないかということで活動を控えて公益社団法人SL災害救援ボランティアネットワークと連携して「能登半島被災地応援缶バッジ」募金の活動を展開した。その後、現地と断続的に調整を行い、現地へ調整員を入れる計画も立てたが、現地の状況は一元的に管理するシステムが見えないこともあって、とりあえずメール、FAX,電話などで受け入れの調整を進めた。現地から、一部地域の仮設住宅も開設されとの報を受けて七尾市、および珠洲市へ2か所の活動可能地域を選択し現地への派遣に至った。
当初は、申請書に記した通り、仮設住宅の集会場で、現地へ入り活動している生活支援ボランティアの方の協力を得ながら、仮設住宅集会場などを使って当団体が現地で焼く「たい焼き」を真ん中にしてお茶のみ会を計画したが、復旧の支援活動はその段階までに進んでいないことがわかり、計画を変更して「仮設住宅集会場」前で仮設住宅居住者及び周辺地域で在宅避難をしている方々へたい焼きの無料配布を行った。
結果、15日は550枚+活動ボランティアに対して150枚程度、16日は同じく550枚+災害救援ボランティアセンタースタッフ、災害救援ボランティアセンター支援活動ボランティアに約200枚合計で約1450枚の、「たい焼き」を提供することができた。
現地では、まだ仮設住宅のコニュニティーのもととなる自治会など組織が確立されていないこと、仮設住宅の建物はできたが集会場などの施設が未整備なところがあり計画通りに進められなかった点に反省が残る。引き続き、秋、冬に向けて能登町、穴水、輪島市などに対しても活動を継続したいと考えている。当団体は東日本震災では6年間、熊本地震では2年間にわたって活動を行っている。

活動日数 4日

支援対象者実人数 600人

支援対象者延べ人数 700人

参加ボランティア実人数 12人

参加ボランティア延べ人数 24人

本助成金による活動の成果
2007年の能登半島地震災害以降この地域は群発性の地震活動が継続していた。今回の地震被害を受ける以前にも地震多発の傾向がみられた。発災後、1月2日から、珠洲市、穴水町などと調整を取って何かできないかと支援活動を模索していた。しかし、予想を超えインフラの被害が大きく関東圏からの被災地入りは控えるべきとの判断に至った。そこで、公益社団法人SL災害救援ボランティアネットワークと連携して2016年の熊本地震の被災地支援活動「くまモン」バッジ募金活動では成果を上げた活動の実施を決めて、石川県の当地キャラクター「ひゃくまんさん」をテーマに石川県の許可を受けて缶バッジを作り募金活動に取り組み、本企画実施に向けて被災地入りを待機した。
その後、現地の社協並びに行政被災者支援部門と連絡を取りながら提案を続けてきた。はじめは、仮設住宅のコミュニティー再生支援活動という取り組みについて、行政もなかなか理解できないようで、当団体が今まで取り組んできた活動についての資料などを送り、仮設住宅に入居は、多くの場合抽選で入る方が多く、なかなか新しいつながりができないままに「孤立」「孤独」現象が起き、最悪の場合「災害関連死」にいたることや「生活不活発現象」になることを訴えて、従来の通常の炊き出しとは異なる「たい焼き」の効用を説明しながら活動入りをお願いした。
その結果、今回は七尾市、珠洲市の活動場所を確保して現地入りが実現することができた。お茶のみ会の提案をしたが、現状では生活支援ボランティアの確保は困難であるというお話を伺い、今回は仮設住宅並びにその周辺に住んでいる在宅避難の方々にも区別なく「たい焼き」を配布することにした。事前に現地と調整して各住戸に配布するチラシ、掲示するポスターなどを当団体で制作して現地へ送り込み、それぞれのルートを使い配布をお願いした。

事業を実施する中で見えてきた課題と今後の取り組み
当団体の過去の支援の経験から日本人にとっての「たい焼き」は菓子の原点と考える。2011年8月15日に炎天下の岩手県大槌町のある仮設住宅周辺で「たい焼き」を焼いて仮設住宅で生活をされている方々に提供した。真夏の「たい焼き」だったが、長蛇の列ができた。それは新盆のお供え物がないことからだった。それ以前の冬の寒い中で列をなして待ち続けて1枚の「たい焼き」を、涙を流しながら食べていた姿の記憶があったからの取り組みだった。小豆餡と私たちの長年にわたる経験から使ってきた粉が醸し出す「味」は日本人でなければわからないものだと思う。その後の、各地の災害被災地で取り組んできた「たい焼き」約4万枚を提供してきた実績に立つものだと自負している。実は、コロナ感性騒動以前の被災地における活動の原資は、座間市で行われる各所のイベントの中で、「たい焼き」を出店してその売上金を被災地支援の資金として積み立て、それを取り崩しながら取り組んできた。しかし、約3年間のコロナにおける活動の制約がかかり資金不足が起き、今回の共同募金会の助成金の申請に至った。私たちは、単発花火のような支援活動では被災者に寄り添うことはできないと考えます。今回の活動で石川県における支援者の受け入れシステムも見えてきました。引き続き令和6年度にあと2回、今後3年間程度の継続活動が必要だと考えています。しかし、一巡の活動が終わった段階からは、何時までも無償配布という方法は必ずしも良いことではないというのが当団体の基本的な考え方です。支援を受け、無条件に「支援される物」をタダでもらうという習慣が身につくことは、特に子供たちにはよくない影響を与えると考えており、今後は、各地で行われる、「復興祭イベント」などに参加する形で支援を継続したいと考えます。



寄付してくれた人へのメッセージ
今回は、能登半島地震被災者支援のための資金提供をいただき感謝申し上げます。 被災地は、行ってみなければわからないことが多いです。私たちは、東日本震災の当初から瓦礫片付け、泥だし、流れ出た想いでの品の整理、冷凍倉庫から流れ出た海産物の後始末作業などに取り組んできました。また、原発の地から避難された大熊町の原発被災者に寄り添う活動にも取り組みました。もう一歩心に寄り添う活動を模索する中で日本人が大好きな「たい焼き」を、材料、焼き台、テントなどを車に積み込んで被災地の仮設住宅の避難者の方の目の前で焼いて差し上げるという活動を構築して、3・11の時には6年間、熊本地震では2年間、そのほか被災地にも入り支援をさせていただきました。 今回の活動を開始するにあたって、コロナの期間、地元でのイベントの回数が激減して活動資金が枯渇していました。そこで、共同募金会へ応募させていただき皆様方の暖かい支援の力で活動資金を確保することができました。断続的ではありますが引き続き、3年間程度、能登半島の被災された仮設住宅を巡回しながらあたたかな「たい焼き」を提供させていただきたいと思います。引き続き皆様方のご支援をお願いいたします。皆様のお気持ちを持って「笑顔」と「元気」をお届けしてまいります。